不安な気持ち
「こんな問題もわかんねえのか?グラウンド走って来い!」
最近、東邦学園で1番もてる男といわれている日向教師(数学担当)は機嫌が悪い。
「最近」というか、2月14日以降というべきか。
とにかく不機嫌オーラが出まくっていて、日向の半径3メートル内には誰も近寄りたくないのだった。
グラウンド走ってこいってねえ・・・
生徒たちは廊下で顔を見合わせた。
月は3月。暦の上では春かもしれないけれど、グラウンドはこの地方では珍しく雪が積もっている。
この雪も日向教師の不機嫌のせいかも。
1人、また1人と教室の中の人間がどんどん廊下にあふれてくる。
おもわずため息が出る。こんな中、走れるわけないでしょ。
荒れる猛虎に逆らうこともできず、生徒たちは心の中で呟きながら玄関のほうへと消えていった。
とうとう教室に残ったのはたった1人。
空手が全国レベルでその上サッカーもトップクラス、加えて成績優秀(得意教科は数学)な若島津だけになった。
別に日向が2人きりになりたくてそうなったんじゃなくて、どんな問題を出しても若島津は答えてしまうので。
激しい問題と答えの攻防の末、白旗を揚げたのは(皆さんの予想通り)日向だった。
数学の授業なのに、2人とも息が切れ、額には汗がにじんでいる。
「はあはあはあはあ・・・・・ちっ、かわいくねえな・・・・」
「はあはあはあはあ・・・・・大人気ない人に言われたくないね」
若島津の言葉にギロリと睨み付け、隣の席にドカリと腰をおろし前の黒板を睨みつけながら吐き捨てるようにつぶやいた。
「なんで、14日、チョコくれなかったんだよ。」
日向の「大人気ない」台詞にとたんに若島津は顔を赤らめる。
実はこの2人、コイビト同士でありまして、まだまだ湯気が出そうなくらいのほやほやなのでした。
「おれだって、買おうとしたよ。でもさ、あんな女ばっかりのところになんて行けないよ。
先生のためだと思って頑張って店には入ったけど、みんなジロジロこっち見てるのがわかってさ。・・・なんかモテない男が見栄のために自分で買ってるみたいでいやだったし。それに・・・」
「それに?」
「先生に似合うのはやっぱこんな女の子たちなのかなって。幸せそうにチョコ選んでる女の子たち見てたらそんな気がしてきて、チョコを渡すことで先生を縛り付けるような気がして嫌だったんだ。」
一瞬、泣きそうな表情をして俯いていまう。日向は思わず肩を抱き寄せた。
「先生は俺が好きだっていうから付き合ってくれてだけなんだろ?」
「俺、おまえのこと好きだっていつも言ってるじゃねえか。」
「・・・聞いたことない。」
「ありゃ、そうだっけ。」
どうやら心の中でだけ愛を告げていたらしい。
ポケットから銀で綺麗に包まれた箱を取り出した。
「これ?」
「若島津健さん、好きです。俺の恋人になってください。」
不思議そうに日向を見つめると、急に立ち上がり深々と頭を下げてそう告げる。
「箱の中身はクッキー。今日ホワイトデーだろ?良かった。もし、お前に嫌われててバレンタインにチョコをもらえなかったんだったら、自分でこのクッキーたべるしかねえな、って思ってたんだ。」
晴れ晴れとした笑顔で言う日向を若島津は眩しそうに見上げた。
あ〜あ、やっぱ好きだなー。
そんな気持ちがあふれてきて止まらない。先生の笑顔を見てると自分も幸せな気持ちになるから不思議。
昼間の教室。そのうえ授業中。
若島津は日向にぎゅっと抱きつきキスをした。
「ところで、このクッキーどこで買ったのさ?」
「俺の手作りに決まってるだろ。」
愛情たっぷり詰まってるからな。
日向の台詞で若島津はジャムおじさんがパン生地をこねるようにクッキー生地に愛情をそそいでいる日向の姿を想像してしまった。
「顔色わるいぞ。大丈夫かよ?」
「質問。あの・・・毒見はすんでいるんでしょうか?」
「失礼な奴だな。悪いが、俺の料理の腕はかなりのモンだぞ。」
ま、いいか。正露丸のんどきゃどうにかなるだろ。
「そのカオは信じてねえな。」
虎の一睨み。
でも全然迫力ないよ、先生。だって口元が笑ってる。
そして、自分も笑ってる。
2月からずっと不安だった気持ちがぱっと晴れて、それこそグラウンドを走りたい気分。
窓から外を見るとクラスメイトたちが雪合戦して遊んでる。
「あ〜、あいつらには八つ当たりして悪い事したな〜。」
「いいじゃん、授業サボれて楽しそうだよ。八つ当たりって、もしかして・・・」
「まあな。お前の愛情を疑ってたわけじゃないんだけど、なんかイライラしてさ。」
ところで、と急に若島津を引き寄せる。
「俺のクッキー、ちゃんと食べてくれるよな。」
「・・・がんばります。」
嫌そうに返事する彼にとっておきの口付け。
「俺のクッキーはこんぐらい美味いから。」
信じていない罰としてキス攻撃。
もちろんクッキーはすんごくおいしかったとのことでした。
2005.06・10